梅研究会 スタッフのブログ
自己紹介
一般財団法人 梅研究会
吹田市, 大阪府, Japan
私たちは一般財団法人梅研究会のスタッフです。 1978(昭和53)年の創立以来、梅肉エキスやすっぱい梅干など、梅のよさを一人でも多くの方に伝え、健康に役立ててもらたいたいとの思いで、梅の学術研究・啓発・普及に努めてまいりました。 これからも一層、皆様に健康になっていただけるような情報をお届けしてまいります。 http://www.umekenkyuukai.org/
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2011年1月31日月曜日
天神様と梅 1
今朝の冷え込みで、水道の貯水タンクが凍り、梅研究会は昼近くまで断水に。
今年の寒さは格別です。
天神様として親しまれている菅原道真は、平安時代の前期845年6月25日に生まれました。
幼い頃から、ことのほか梅を好み、5歳で始めて詠んだ和歌にも、梅が登場します。
美しや 紅の色なる梅の花
阿古が顔にも つけたくぞある
(なんと美しい梅の花だろう。阿古の顔にも塗ってみたいな)
2011年1月28日金曜日
梅を愛した人4
耐雪梅花麗 (雪に耐えて梅花麗し)
冬の厳しい雪や寒さに耐えた梅の花が、春になって一層美しく咲く様子を表しています。
西郷隆盛がつくった漢詩の一節です。
幕末の志士が好んだ花が梅であることは、まちがいなさそうです。
霧島の噴火が続いています。
宮崎や鹿児島の被害が少しでも少なくすむことを祈るばかりです。
2011年1月27日木曜日
肥後もっこす
『梅家族』対談の2月号のゲストは、俳優の財津一郎さん、3月号のゲストは八代亜紀さんです。
偶然にも、お二人とも熊本県のご出身です。
財津さんも八代さんも「私は肥後もっこすだから頑固なんです」と、肥後もっこすを話題に出されました。郷土を誇りに思っておられる証なのだと感じました。
お二人とも、長い下積み時代を経て、スターの座をつかまれました。
どんなに苦しいときも、自分の才能を信じて、いつか花開くと思っていたとおっしゃったのも共通していました。
「己を信じて、己の道を進む」これも、肥後もっこすの気質のひとつなんですねーーー。
『梅家族』2月号の内容は、ホームページからもごらんになれます。
ぜひ、お読みくださいね!
◇今日の梅のことば◇
「梅は寒苦を経て清香を発す」
梅は、寒風にもめげず
百花の先駆けとして、控えめながらも気品ある花を咲かせ、ほのかで清らかな香りを漂わせます。
その凛とした姿は、厳しい寒さを経ているからこそ、醸(かも)し出されるのでしょう。
2011年1月26日水曜日
梅を愛した人3
「才谷梅太郎」という名前をご存知でしょうか?
坂本龍馬の"変名"のひとつです。
西郷伊三郎、取巻抜六など、様々な変名を持つ龍馬ですが、
他の変名とは一風違ったこの変名は、
自らの故郷である才谷村に咲く梅の花を思い浮かべながら付けた名前なのです。
(高知県立坂本龍馬記念館ホームページより)
龍馬記念館には、高知県南国市の"才谷"の方より寄贈された紅梅が植えられているそうです。
やっぱり、幕末の志士は梅好きなんですね。
ぱっと散ってしまう桜より、がまん強く咲き続ける梅が好まれたということでしょうか。
2011年1月25日火曜日
ヘルシーネットアップしました
梅博士・松本紘斉のヘルシーネット第3回
をアップしました!
「テーマは玄米を食べましょう!」です。
ぜひご視聴ください。
梅を愛した人2
「
梅の花 一輪咲いても 梅は梅」
鬼と呼ばれた新選組副長・土方歳三の俳句です。
昨日の高杉晋作に続き、幕末の志士には梅好きが多いのでしょうか。
2011年1月24日月曜日
梅を愛した人1
長州藩が生んだ維新の英雄・高杉晋作は、梅の花を大変愛したことで知られています。
追われる身となったときには谷梅之助という変名を使い、長男には梅之進と名付けました。
晋作の最愛の人として知られるおうのは、晋作の死後、
出家して「梅処尼」となり、子どもに三味線や歌を教えながら晋作の墓を守って暮らしました。
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